HOME > 国際ビル歯科について > ニュース

ニュース

特別企画インタビュー 「再生医療の胎動」歯牙再生研究の展望を聞く〈2003.7.3掲載〉

特別企画インタビュー
「再生医療の胎動」歯牙再生研究の展望を聞く
日本歯科新聞 2003年7月1日号より

本当に可能か 2007年実用化
歯科にとっての「アポロ計画」
99%でなく完璧な安全性必要

再生医療の実用化を目的に全国で熾烈な研究競争が繰り広げられている。この中、企業が研究をバックアップする産学連携が盛んに行われ、産業化で世界市場を獲得しようと多くの企業が手を上げた。日立メディコ(猪俣博社長)は6月4日、5大学の研究者で組織された「歯胚再生コンソーシアム」を設立し、新たな共同研究体制に入ることを明らかにしたが、共同研究者の上田実氏(名古屋大学大学院教授)と山本悦治氏(日立メディコ技術研究所長)に研究の実態や展望を聞いた。

智歯が資源になる
実現の提示が急務

 ──歯牙再生の2007年実用化は本当に可能なのでしょうか。
 上田 少なくとも再生は可能だという答えはすでに出ています。出口が見えているので実現性は非常に高くなりました。
 研究ではイヌの顎骨で歯胚を再生させることに成功しています。かなり臨床に近いステージに来ていると言えるでしょう。実験対象が哺乳類の大動物であるイヌに移行したのは非常に有意義なことで、評価の仕方しだいでは現時点でも「研究は成功した」と言えるかもしれません。
 ──今後、ヒトへ研究対象が移っていきますね。
 上田 そこで、いまは矯正時の便宜抜去で捨てていた智歯から、歯の幹細胞を分離する研究をしています。歯の幹細胞を見つけ出し分離できれば、そこからいくつも歯を再生させることが可能です。
 ──幹細胞と言えば骨髄から採る方法が昔から行われていますね。
 上田 確かに伝統的に骨髄から取り出す方法が行われていましたが、智歯の中の幹細胞は骨に分化させるとほかの幹細胞より6倍の石灰化能を持つことが分かってきました。
 骨再生には智歯の幹細胞が非常に適しているということで、歯科医院で智歯を凍結保存させておければ、骨粗鬆症になった時など骨再生に有効に使えます。
 ──用途によって幹細胞を使い分ける可能性が出てきますね。
 山本 乳歯も幹細胞を含んでいますから同じように保存しておけば活用できるでしょう。
 ──これまで捨てていたものが今後、資源になるのですね。
 上田 抜いた智歯や乳歯は医療廃棄物として扱われ、捨てるにもコストがかかります。活用が可能になれば経済面でも合理的です。
 山本 人間の細胞を活用する医療にとって、必然的に出てくる智歯や乳歯を使うことは新たに組織を体内から採取する必要がなく、自分のものであれば拒絶反応も起きませんから非常に適しています。

東大医科研に講座
3年で実績を出す

 ──今後の課題は何でしょうか。
 山本 研究面では効率と再現性、メカニズムの解明など、実用化面ではGMP(Good Manufacture Practice)に対応した歯胚解析・加工のセルプロセッシングセンター、薬事法などの法の規制をいかにクリアするかなど超えなければいけないハードルはまだまだあります。
 しかし、何よりも急がれることは歯牙再生が可能だということをきちんとした形で指し示すことです。実現性を示すことで新たな研究者も生まれ、さらに実用化に向けた幅の広い研究が行えます。今はその突破口を切り開くことが重要です。
 ──そうしますと研究の速度を上げる必要性がでてきますね。
 山本 その効率化を計り設立したのが「歯胚再生コンソーシアム」です。
 これまで名古屋大と続けてきた共同研究に新潟大、大阪大、徳島大、神奈川歯科大の4大学を加え、分担研究することで研究全体のスピードを上げます。
 歯胚再生についての関連技術を持ち寄り、大学の垣根を越えた共同研究が始まったのです。
 上田 これまでの実用化を目指した研究では、一研究者がある特定企業と協力し資金提供を受けながら研究を進めるのが常道でした。
 ところが再生医療のような大型プロジェクトでは、一研究者が実用化までの全工程を研究開発していくのはほぼ不可能です。
 そこで、実用化までの長いプロセスを分割し、複数の研究者に分担することで、研究全体として実用化までの期間を短縮することができるのです。
 山本 それぞれ得意な技術を持った研究者なので、研究速度は飛躍的に向上するでしょう。
 上田 さらに東京大学医科学研究所には日立メディコとデニックスの協力で「幹細胞研究部門(歯胚再生学)」という寄附講座ができます。
 ここでも名古屋大学を始め、各歯科大学から優秀な大学院生を集め、共同研究を始める予定です。ただし3年間の期限付きですから早急に実績を示さないと継続が困難になるでしょう。

技工所に似た流通
普及につれ定額に

 ──実用後、流通システムはどのような形を考えていますか。
 山本 今の歯科技工所のようなシステムを考えています。歯科医師が患者さんから幹細胞を含む組織を採取し、日立メディコがその組織を採取し、日立メディコがその組織を受け取り歯の幹細胞を分離、マトリックスなどと混ぜた形にして再び歯科医院へ送り返します。歯科医師は手元に届いた培養組織で再生治療を行うわけです。
 ──治療費はどの程度になるとお考えですか。
 上田 現段階で具体的な数字を示すことは難しいですが、現行の保険診療のイメージとはかけ離れたものになるでしょう。
 山本 実用化当初の治療費は高額でしょうが、普及するにつれ治療費は徐々に下がり、インプラント治療で自然発生的に価格が設定されていったように、数10万円といった治療費に徐々に定まっていくはずです。
 ──今から開業を考えている歯科医師に開業時の注意点などありますか。
 上田 まだ確固とした術式が確立されていないので一概には言えませんが、インプラントが出来る程度の外科手術の設備があればいいでしょう。
 培養した細胞を冷凍した状態で搬送されてくるので、短期間保存可能な冷凍施設も必要かもしれませんね。ある程度のフリーなスペースを確保しておけば間違いはないでしょう。

複数の企業が培養
組織販売近く開始

 ──再生歯胚は実用化に向け着々と進んでいるのですね。
 上田 再生医療の産業化にとって今は追い風が吹いている状態です。
 厚労省が近く「細胞組織を利用した工業製品に対する安全性と有効性に関するガイドライン」を確定させるそうですから、今まで漠然と安全性を求めていたものが、安全の基準が出来ることで、複数の企業が治験を終えて培養組織の販売を近々始めるでしょう。
 そうなれば基礎研究から製品化までの一貫したノウハウが確立されます。それを見本に後発企業が一挙に実用化への道筋を歩み始めるはずです。
 2007年の段階では恐らく、似たような再生医療ビジネスで、培養骨のオステオジェネシス、培養皮膚のJ-TECなどがすでに、厚労省の厳しい審査を突破して再生組織の流通ビジネスを行っていると思われます。
 山本 再生歯胚の実用化もそれら先行する企業のノウハウを蓄積し、より良い方法を模索していければいいと考えています。
 再生歯胚では日立メディコ以外に産業化を進める企業はありません。それだけ着実で正確な実用化への道筋を立てることが出来ます。
 上田 このような新しい医療は臨床応用の初期段階から慎重にならなければいけません。実績がないだけに、少しの失敗、過ちが社会不安をあおり、危険なイメージを染み付かせてしまうのです。
 ──「怖い」という印象が定着してしまいますね。
 上田 遺伝子治療は白血病を発症してしまうというデメリットが裏目にでてしまい、イメージ戦略といった意味では失敗したと言えます。
 遺伝子治療と比べ再生医療は、遺伝子操作した細胞を扱わないので安全性は確実です。
 また、安全性の確保には専門科学が非常に重要で、様々な角度から検査・分析するテクノロジーが必要不可欠です。そういった点で日立グループは一流の会社といえるでしょう。
 山本 確かに安全性は非常に重要で、日立メディコとしてもどこよりも安全な技術を提供するといった姿勢で、他社との差別化を図ろうと考えています。
 安全性は99%ではなく100%を求めなければいけません。1%欠けるだけでも安全とは言えません。幸いにも日立メディコグループにはこれらの技術が豊富にありますので、総力を結集して取り組むつもりです。
 ──完璧を求めなければいけないのですね。

全構成要素を持つ歯科は最適の環境

 ──歯科が再生医療の実現にもっとも近いと言われますが、それだけ歯科が再生医療の土壌として適しているということなのでしょうか。
 山本 歯科は医科に比べ直接命に影響を及ぼす症例が少ないですから、歯の再生治療に失敗してもすぐに再殖が可能です。可逆性もあり全ての再生医療の入口になり得ます。
 上田 また、再生医療はQOL型の医療としての要素を多分に含んでいます。
 例えば再生心臓弁です。現状の技術でも人工的な心臓弁を付け、常に血液凝固剤を服用すれば充分に生命維持ができますが、この手間を省くために再生医療で心臓弁を作ろうとなると、患者さんはQOLを求めていることになります。
 歯科も同様に歯がなくなっても直接生命に危険はないというところで成立している医療で、歯科は伝統的に保険医療とは別の場所で技術の発展を見せてきた特殊な分野でもあります。自由診療で保険診療から既に脱している部分が多く、自費診療で行う再生医療を始める上で土壌は適していると言えるのです。
 さらに歯科の中には歯科理工などの材料の分野、細胞や病理を扱う生物の分野、そして臨床と再生医療の構成要因が全て含まれていますし、あらゆる面で歯科は再生医療に適していると言えます。
 ──適していると気付いている歯科医師は少ないのではないでしょうか。
 上田 現に神戸の先端医療センターで最初に始まる再生医療の診療科目が歯科なのです。
 この現状をもっと歯科医師の先生方に知っていただきたいですね。

歯科に大きな夢を与えるアポロ計画

 ──2007年に実用化する計画ですが、計画に変更はありますか。
 山本 現状では予定の変更はありません。
 ただし、実用化というのは再生した歯胚を製品として出荷が始まる時期のことを指していますから、再生歯胚による初の患者さんが登場するのはそれよりも前になるでしょう。
 ──それが示されると多くの歯科医師、研究者の意識が大きく変わりそうですね。何か動きはあるのでしょうか。
 上田 すでに各地で再生医療の実用化に応じた動きは起こっています。
 ある開業医のグループは先端医療センターを中心に臨床を目的とした研究会を立ち上げようとしていますし、ある私立の歯科大学では大学挙げて再生医療に取り組もうとしています。
 山本 多くの先生方が「歯も再生が出来るのではないか」と思い始めたことの表れではないでしょうか。
 ──歯科界全体の意識が変わりつつあるのですね。再生医療で歯科界はどう変わっていくのでしょうか。
 上田 再生医療が導入され、むし歯も歯周病も完全に治せる時期が到来すれば、自費診療含め歯科の総医療費は確実に増えるでしょう。この20年の停滞期が打破される可能性が出てきます。
 ──確実に患者層が拡大するということですね。
 上田 また、再生医療はいわば歯科にとっての「アポロ計画」です。
 1969年の月面着陸成功は人類に多くの夢を与えましたよね。同じように再生医療が歯科に与えるインパクトは非常に大きく、閉塞的な状況に置かれていた歯科界に大きな夢と活力を与えることが出来ます。
 「アポロ計画」で結集したあらゆる技術者は、苦心の末、ジェットエンジンやセラミック素材、超軽量合金などものすごく沢山の付随する技術を開発していきました。
 これと同じで、歯科の総合科学である再生医療の発展が同時に歯科医学そのものの発展を招き、牽引していくのです。